2013年09月22日

新・日本紀行(74 )宿毛 「宿毛の泊屋」




 新・日本紀行(74 )宿毛 「宿毛の泊屋」   




高知の西端にあたる「宿毛」・・、

宿毛市街のすぐ手前、国道321号に沿って道の駅・「宿毛サニーサイドパーク」があったのでちょっと一服。 
道の駅は松田川の河口部でもあり、宿毛湾に出臍のように出ばったところに在って何より海の景色がいい。海はハワイか沖縄か?と思われるほど澄んでいて心洗われる。

「宿毛」と書いて、恥ずかしながら読み方を知らず、“やどげ”しゅくげ“しゅくもう”などと勝手に想像したが、みな外ずれて正しくは「すくも」と読む。

宿毛は清流・松田川の河口に開けた街である。太古の昔は遠浅の海であり、大湿原には一面に「葦」が生い茂っていたという。
この枯れた葦のことを「すくも」と言い、宿毛の名前の由来はここからきていると言われている。

この地方は、宿毛貝塚といわれる遺跡が発掘されていて、既に、縄文中期(5千年前)頃から人跡が確認されているようで、古い土地柄でもあるようだ。 遺跡は国の史跡にも指定されてもいる。

それに、宿毛の幡多地方には、チョッと変わった名所があった・・、
幕末から明治にかけて、各村の要所々々に泊屋(とまりや)といって若い衆が宿泊する風習があった。
未婚の若者たちが火事などの見張りや災害に備えて泊り込み、救助に出動する慣わしになっていた。
今でいう火の見櫓の番小屋のようなものであろうか・・?、建物は二間四方の木造高床式の平屋建てで、屋根は入母屋造りのどっしりとした風格のある建物である。

当時の一般家庭の住居は殆どが平屋建ての建物で、平地ならこの高床式の泊り屋からは一望の下であったろう。
高床式の風格のある独立家屋は、多いときで百数十ヵ所も設置されていたといい、当時の、この地方の文化と治安状況が如何であったかが想像できる。
各集落にあった古風な泊屋も、今では大部分は破壊され、残っているは芳奈地区の4軒のみであるという。
現在、国の指定をうけ、宿毛屈指の観光名所ともなっているという。

次回は、愛媛の「愛南町」



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posted by tobiori at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 徳島、高知県 | 更新情報をチェックする