2017年11月22日

平成日本紀行(206) 越前 「越前地方」




 「旅は私にとって、精神の若返りの泉だ」  
<アンデルセン>







平成日本紀行(206) 越前 「越前地方」 .







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日本海の荒波寄せる特異な越前海岸







敦賀から福井・越前に入るには、越境山脈を超えなければならない。

ところで、現在の福井県の県域は若狭湾から北陸と呼ばれる三国町(現、坂井市)辺りまでをさすが、昔は若狭の国、越前の国と行政上の二国としての区分があったらしい。 

今の呼称としては若狭とか越前というのは余り言わないらしいが、愛称として、若狭、越前の代わりに越境山脈を境に嶺北、嶺南などと呼んでいるらしい。 

即ち、鉢伏山を主嶺とした海側から山中峠〜木ノ芽峠〜栃ノ木峠の稜線より北東部を嶺北(れいほく)地方と、南西部を嶺南(れいなん)地方と称しているようで、この福井県の両地域は人や地域の気性(サガ)も異なると言われている・・?。

又、歴史的な経緯を見ても、明治4年の廃藩置県により福井県ができてから、現在の嶺北地方を福井県、嶺南地方を敦賀県に整理・分県された時期もあった。 
その後(のち)、10年後の明治14年に其々分離統合されて、現在の福井県が設置された。 従って、往時の呼称、分県状況から越前即ち嶺北地方、若狭を嶺南地方と今でも呼んでいるようでもある。


北陸越前といったら一般には、この敦賀の山域を越えた今庄辺りから武生、鯖江、福井本庁から丸岡、金津あたりと、内陸部の大野、勝山あたりを指すのが普通である。 
所謂、越前平野(福井平野)といって、肥沃な平地が広大に広がる地域で、日野川、足羽川、

そして、あの九頭竜川が揉み合うようにして氾濫を繰り返し、その都度大量の土砂を置き去りにし、沖積平野を形造ったという。


この越前地区は、古来より越の国として人、物が頻繁に流通し、又、戦乱の相克が激しく興った地域でもある。 
現在でも道路、鉄道、高速道が南北に駆け巡り、古来より変わらぬ交通の要衝となっている。 

尚、新幹線についても構想が進捗中で、長野から上越、富山、金沢、福井、敦賀、小浜を経て新大阪へ繋がる北陸新幹線が着々と進められている。 
これによって何れは、北陸新幹線が東海道新幹線と、即ち、日本の中心地域である太平洋岸と日本海側が直結され、関東・北陸・近畿・中京・東海を環状に結ぶ高速交通ネットワークが形成されつつある。 



敦賀より発した国道8号線は、一旦、沿海を北上するが山中峠(トンネル)を抜け、河野村辺りで内陸の福井平野に至っている。 
海岸線は敦賀北部の比田地区で分岐した国道305号線が走っている。 
この越前海岸地域は、越前岬を西端に緩い「く」の字形で日本海へ突き出ている。 
海岸線はいきなり聳え立つ山稜を呈し、急峻な海岸段丘や海食断崖が続いていて近年まで人跡少なく、陸路は永年交通の難所だった。 

所謂、標高700m前後の「丹生山地」が、沿岸山地と内陸の福井平野を切り離すように壁が造られているのである。 


次回、引き続き「越前地方

posted by tobiori at 22:03| Comment(0) | 京都、福井県 | 更新情報をチェックする